アニメ「魔術師クノンは見えている」レビュー:盲目の天才は世界をどう「見て」いるか?
「魔術師クノンは見えている」の評価と感想
トンチ魔術師、
いや、クリエイティブな試行錯誤による魔術の探求に専心するエセ紳士、
いや、メイドの教育によって歪んだ紳士像を植え付けられた天才少年魔術師が巻き起す騒動記。
「魔術師クノンは見えている」の評価
【見てもらいたい度:🦀🦀🦀➖➖(3/5)】
オススメ・ポイント
- 天然なのか狙っているのかわからない、周囲を刺激する主人公の発言の可笑しさ。
- 初級の魔術だけを駆使し、知恵と工夫と"苦し紛れの小細工"で困難を乗り越えるアハ体験。
- 明るく、ユーモアのあるメイドさんキャラ。
不遇な盲目の少年の重苦しさはアバンだけ。その後は想像を超えるコミカルシーンの嵐が吹き荒れます。
家庭教師やメイドさんとの別れのシーンでさえもコミカルなやり取りが繰り広げられますが、そのセリフの中に主人公の寂しさが滲み出ます。声優、早見沙織さんの卓越した技術によるものでしょう。
オススメの回
魔法で"眼"を作るという、念願叶っての「嗚呼、この世界はなんて美しい…」とはならなかった、驚愕の展開が見ものです。
「アレを出せ」ギャグ 3連発など、コミカル面も絶好調!
残念ポイント
第6話にて、魔法で"眼"を作りだしますが、今まで日常生活にも学業にも不自由しないほど十分に見えて(感じられて?)いたので、正直「今さら?」という気がしました。第1話で、いきなり色がわかるようになった理由や、決して"見えて"いたわけではないんだという説明があれば、また違ってきたのかもしれません。
作画はあまり良いとは言えませんでした。しかし、不思議と、本作の面白さにそこまで悪影響はなかったように感じます。
主人公が、普段は眼帯をしていて目線が描かれなかったことが、作画の悪さがさほど目立たなかった一因かもしれません。それと、声の演技が良いとセリフだけで十分面白くなるとも感じました。作画は良いに越したことはありませんが、アニメ媒体では、視覚情報を超えて声優の演技がいかに物語への没入感を感じさせるのかを再認識した気がします。
「魔術師クノンは見えている」に見える意味を見る
※※※ ネタバレっぽい話になります ※※※
第1話での「感じている色」と「赤という言葉」を結びつけられないという描写、鋭い視点だと思います。
なぜ私は色の名前を言えるのでしょう?『これが赤だよ』と、誰かに教えてもらったから?
でも、私の「赤」は、隣の人には私にとっての「青」かもしれない。共通の「赤」という言葉でラベル付けされているだけで、個々人が感じている色の本質は、実は誰とも共有できていないのではないでしょうか?
ストーリー後半でクノンが見た異様な世界の描写は、この疑問をさらに押し進めたものに感じられます。
魔法によって作り出した眼がクノンに見せた世界は、私たちが知るものとは似ても似つかぬ奇天烈なものでした。
私たちは「普通の世界」を知っている(これも共通認識としてどうなのか、ということはひとまず置いておいて)からこそ、クノンの見る世界に違和感を覚え、クノンの困惑に共感できます。
しかし、もし最初からその視界しかなければ、それがその人にとっての「普通」になるのではないでしょうか?だとしたら、クノンの困惑は「視界そのものへの違和感」ではなく、見えている世界と、周囲の言葉によるラベルとのギャップから来ているのかもしれません。
『え?後ろにいつもカニ、居るよね?』という人が居るかもしれないし、飼い猫は飼い主の頭に角が見えているかもしれません。
「見え方」が違えば、世界の捉え方が変わるでしょう。自ずと行動も、考え方や心までもが変わるはずです。魔法の眼を通じて「あの世界」を見ているクノンは、果たして私たちと同じ「人間」として生きていけるのでしょうか。あるいは、全く異なる認知体系を持つ「別の生物」になっていくのでしょうか。
あのような視界を持つクノンは、魔術についても普通の人間とは異なる捉え方をしているのかもしれません。それが常人には思い付けない彼独特の魔術を生み出せる理由かもしれませんね。
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