「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」12話までの評価と感想


「仮面ライダー」に人生を狂わされた大人たちのドラマ。ごっこ遊びを超えた先にある狂気的な本気の熱さ、気高さ、そして逃れようのない「どうしようもなさ」を描きます。


「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」の評価

【見てもらいたい度:🐞🐞🐞🐞➖(4/5)】

 

オススメ・ポイント

  • 仮面ライダー側だけでなく、ショッカー側のドラマもある。
  • 大人の本気、真剣さと馬鹿馬鹿しさと狂気が入り混じった、神々しいエピソードの数々。
  • タックルのクールな高校教師像と変身後の激しい情熱とのギャップ。
  • タックルのボケとツッコミどっちもいけるところ。
  • タックルがタフでかっこ良くてセクシーで美人なところ。

 

オススメの回

第1話「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」です。

思ってもみなかった真正面からの熱に心動かされ、場面場面で涙が出てきてしまいました。

なぜ感動してしまったのか?それは、「あの時の自分がここにいる。まだここに生きていたのか」という驚きと感慨があったのだと思います。

これを観ることは、ただのアニメ鑑賞ではない。あの頃に抱いていた純粋な憧れを呼び覚ます「イニシエーション」なのです。

 

残念ポイント

ほぼ見当たりません。強いて言えば、クールで清楚な高校教師姿のタックルをもっと見たい、という個人的願望くらいでしょうか。

 

ヒーローになりたいわけじゃない?

この人たちは、悪を倒すとか平和を守るとかではなく、ただ単純に「仮面ライダーになりたい」。それが全てなのでしょう。

だから、第9話のように仲間内で最強決定戦とかやりながら「こんな事をしていてショッカーに勝てるようになるのか?」などと考えたりしない。「ライダーならこんなとき特訓する」→「ライダーで誰が最強かも気になる」→「最強決定戦で特訓だ」、そこにはショッカーの存在が入り込む隙間は無い。そういう思考回路になっている。


仮面ライダーになりたいという気持ち、それは夢というより執念、呪いといった方が近く、40歳を過ぎた主人公にとっては、もはや逆らえない本能や習性にまでなっているのかもしれません。

こんなに人生を狂わせる「仮面ライダー」は罪作りなのか、あるいは人生の救いなのか? その境界の危うさが本作の魅力のひとつだと感じます。

 

来たるべき混沌に備えよ!

劇中でショッカーが実在したとなると、じゃあ劇中の仮面ライダー TV 放送は一体何だったのでしょうか?

映画「未知との遭遇」や「E.T.」は、来たるべき宇宙人との対面に備えて民衆に免疫をつけるために作られたという話がありますが、劇中の TV シリーズも、政府による「危険な組織への警鐘」や「対抗するヒーロー育成のための幼児英才教育番組」だったのかもしれません。

そういえば、昨今の異世界ものの隆盛も、すでに発見されている「異世界への門」の国民への公開に備えた心理的な地慣らし…、あるいは予行演習だとしたら…。混沌とした日常は、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

 

「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」の関連リンク